労基法とチキンゲーム
「 トップミドルのための採用から退職までの法律知識 」を半年かけてようやく読み通しました。
なお、上記のリンク先は十三訂版で、読んだのは七訂版です。
労務関連の法律は変化する上に解釈の違いも変わるので、本の記載を鵜呑みにするのは危険と本を貸してくれた人が言っていました。そういうものなのでしょう。七訂版を読んでいても、時代の変化で解釈が変わる様が至る所に現れます。
一例ですが「社員の自発的な残業を知りながら放置しておいた場合」という節があります。伝統的解釈をすると、残業の黙認は時間外労働を暗黙に命じたことになるので、会社は残業代を支払う必要があります。しかし、近年のホワイトカラーの働き方にこの解釈が適当かどうかは疑問がある、と本の著者は続けます。そして、ホワイトカラーの労働は(伝統的な)工場労働のように成果が労働時間に比例するものではないだろうと続きます。会社にいる時間をどう使うかの裁量を労働者に相当任せている以上、自発的な残業も本人の自己管理の範囲内だろうと主張します。結果、自発的な残業の放置に残業代は不要と結論づけています。この本の解釈が正解という保証はありませんが、長年、どうなんだろうと感じていた残業の解釈に納得できる解釈を専門家の書いた本で得られたのは収穫です。
そうは言っても法律はやはり窮屈です。通底するのは、曖昧な部分があると労働者は会社から搾取されるもの、という考えです。上記のようにホワイトカラー的な働きを考慮して法律や解釈が変わりつつあるとは言え、原則は、労働者の労務の提供は時間ベースです。時間管理に曖昧さがあると、労働者は時間外労働でただ働きさせられるので明文化して労働者を守ろうとする思想が見え隠れします。ただ、労働者に優しそうで意外に厳しい面もあります。たとえば「遅刻は法的には労働契約の債務不履行」であり「ノーワーク・ノーペイの原則により賃金を払う必要はない」と書いてあります。更に、遅刻や欠勤を有給休暇で振り替えるのは有休休暇の趣旨に反するとあります。マスター浜岸もびっくりの厳しさです。
個人的に本書でもっとも興味深かったのは「タイムレコーダの打刻忘れは欠勤となるか」の節です。
労働者に優しいのか厳しいのかよくわからなくなってくる中でのこの問いかけ、本書での解釈は「欠勤にならない」です。
もしこれを聞いて労基法は労働者の味方だ、万歳と思ったとしたら、残念ながら少し浅はかな反応かもしれません。
タイムレコーダの打刻忘れが欠勤とならない理由は、会社(使用者)には労働者の労働時間の把握義務があるから(労働基準法108条)です。これが意味するのは、もしタイムレコーダの打刻忘れは欠勤ではないと声高に主張する労働者が現れると、会社が次にすることは労働時間をより正確に把握するための努力になります。これは防衛上当然の措置です。裏切りには裏切りをです。ちなみに、法律的には労働時間の把握手段は会社の自由で、正確性と公平性があればシステムに縛りはないようです。使用者と労働者の間の信頼関係があれば柔軟に運営できる、と本書にも書いてあります。
協調していれば双方が幸せなのに、裏切りに裏切りで応えると双方が不幸になる様が囚人のジレンマを思わせます。いやむしろ、双方の裏切りが一番不幸になる点で、チキンゲームの方が近いかもしれません。
- 囚人のジレンマやチキンゲームについては http://dev.ariel-networks.com/blog/inoue.php?blogid=2&archive=2004-7-25
元々、自由な働き方をするための理論補強の意図で本書を読みました。企業と社員が非協力ゲームをしている限りそれは難しい、というのが感想です。
結論は協調には協調で応えるのがいいという実に道徳的な教えです。しかし物事には二面性があります。これ以上は危険トークになるので別のところでやります。
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