HaskellのスレッドシステムとSTMについて その3
STMとロックについて
だいぶん間が開いてしまいましたが、その3です。
STMモナドによる操作は、ロックフリーです。 synchronize だとか lock だとか unlock だとかいうキーワードを書く必要はありません。 しかし、それは Haskell のコードからの視点のようです。 内部的にはロックを使っています。 そこで、ロックを実感するために、このようなコードを実行してみます。 import宣言と、ここにない関数はその1、その2から持ってきてください。
fib :: Int -> Int fib 0 = 0 fib 1 = 1 fib n = fib (n - 1) + fib (n - 2) threadA :: TVar Int -> IO () threadA v = do n <- atomically $ readTVar v print n atomically $ writeTVar v (n + 1) threadB :: TVar Int -> IO () threadB v = atomically $ writeTVar v $ fib 40 main :: IO () main = do c <- newCounter v <- newTVarIO 0 fork c $ every 500 $ threadA v fork c $ threadB v waitCounter c 2
fib は有名なフィボナッチ数列です。 時間がかからないと意味がないので、わざと遅い実装にしています。 threadA は fib 40 を計算して、2つのスレッドで共有している変数 v に結果を代入しています。 threadB は v の値を出力して v を1増やしています。
このコードを実行すると、
0 1 2 (中略) 102334155 102334156 102334157
このような結果が期待されます。 しかし、このような結果にはなりません。 実際には、
102334155 102334156 102334157 102334158 102334159
のようになります。0, 1, 2 ...の値は出力されません。
atomicallyとロック
atomically は、内部的にTVarをロックしているようです。 そのロックの影響で、前章でのサンプルコードは期待されるような結果になりません。 atomically はトランザクションをコミットする時に関係するTVarを全てロックします。 ロックされているTVarは他のスレッドから参照することも、書き込むこともできません。
また、Haskellは遅延評価をする言語です。 atomically がTVarのロックを取得した後に、 v に書き込むための値を計算します。 ( readTVar や writeTVar をする時にロックしているわけではありません。) しかし、 fib 40 の計算には非常に時間がかかります。 TVarをロックした後に計算しているため、``v`` を読もうとしている threadA も長時間ブロックされてしまいます。
正格評価をしてみる
threadB の内容を変更し $ の代りに正格性のある $! を使ってみます。
threadB :: TVar Int -> IO () threadB v = atomically $ writeTVar v $! fib 40
長いので変化のある所だけにしますが、結果はこのようになります。
18 19 20 102334155 102334156 102334157
今回は期待通りに動いています。 writeTVar する時に fib 40 の計算をすましているので、 atomically の内部で計算待ちでロックしなくなります。
しかし、手元の環境では -O と最適化フラグを付けてコンパイルすると、 遅延評価版と同じ結果になってしまいます。 インライン展開が悪さをしているようです。
{-# NOINLINE fib #-} fib :: Int -> Int fib 0 = 0 fib 1 = 1 fib n = fib (n - 1) + fib (n - 2)
このように、 NOINLINE プラグマを付けると、最適化を行っても大丈夫でした。
でも…
atomically の中で正格評価を行うのは時に問題となります。 プログラムをこのように書き換えてみます。
{-# NOINLINE fib #-} fib :: Int -> Int fib n = trace ("fib " ++ show n) $ fib' n where fib' 0 = 0 fib' 1 = 1 fib' n = fib' (n - 1) + fib' (n - 2) threadA :: TVar Int -> IO () threadA v = do x <- atomically modify print x where modify = do x <- readTVar v writeTVar v $ x + 1 return x threadB :: TVar Int -> IO () threadB v = atomically $ do x <- readTVar v writeTVar v $! fib x main :: IO () main = do c <- newCounter v <- newTVarIO 35 fork c $ every 50 $ threadA v fork c $ threadB v waitCounter c 2
まず、変更内容についてですが、 fib が実行された時に、引数の n の値をトレースするようにします。 threadA は次々と v の内容を変化させ、 threadB は v の内容を使って fib を計算しています。 main の内容は変化していませんが、 threadA の実行間隔が短い方がわかりやすいので、変更しています。
このプログラムを実行すると、このようになります。 fib が何度も呼び出され、いつまでたっても計算が終りません。
fib 35 35 fib 36 36 fib 37 37 fib 38 38 fib 39 39 fib 40 40
threadB が fib を計算中に threadA によって v の内容が書き換えられるため、 threadB の atomically が何度も再実行されます。 遅延評価( $ を使う)コードにしておくと、 v のロックを得てから fib を計算するため、 何回も実行されることはありません。(そのかわり threadA の実行は止まりますが。)
外で計算する
threadB の内容を書き換えて、 atomically の外で fib を計算するようにすると、 fib が何度も計算されることはなく、 threadA の実行も止まりません。 (ここで、 $! を使って正格評価にしないと、意味がありません。)
threadB :: TVar Int -> IO () threadB v = do x <- atomically $ readTVar v y <- return $! fib x atomically $ writeTVar v y
ロックフリーと言えども
ロックフリーと言えども、 STM を使う上ではロックに気を付ける必要がありそうです。 ロックの開放忘れを気にしなくてもよかったり、 ロックの順番を気にしなくてもよかったり、STMモナドが合成できたり、いいこともありますが、 ややこしいバグを発生させる可能性もありそうです。
その4
その4に続くかもしれません。
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Re:HaskellのスレッドシステムとSTMについて その3
最初の例ですが、これはTVarをロックした後にfib 40を計算している訳ではありません。
まず、threadBのatomicallyは即座に終了し、vには未評価のfib 40が入った状態になります。
500ms後、これをthreadAが取り出し、printで表示する段になって、初めてfib 40が計算されるので、このような結果になります。
print nの直前に、putStrLnなどでメッセージを表示させてみると、どこに時間が掛かっているか分かりやすいと思います。
Re:HaskellのスレッドシステムとSTMについて その3
そして6ヶ月も放置してすみません。
なるほど。そういう処理をしているのですね。
TVarに入れられる値は計算されてから入れられるだろう という思い込みをしていました。