Personal tools
You are here: Home 原稿・資料 アスキー NETWORK MAGAZINE原稿 5. P2Pのこれから
Document Actions

5. P2Pのこれから

P2Pの技術的な特性やメリットを正しく理解することは、P2P活用の重要なポイントである。我々にとって幸いなことに、ここへ来てようやくP2Pの本来の特性を活かしたアプリケーションがいくつか登場し、その有用性を証明している。今までのイメージの悪さによる「毛嫌い」の時代が終わり、また「盲信」とも違う現実的なP2Pテクノロジーの波が来ていることを予感させる。
本章ではP2Pテクノロジーの今後を示唆するような具体的なアプリケーションを例に挙げながら、その適用箇所を観察しつつ、今後のP2Pの方向性を考えてみたいと思う。

[超流通インフラ]
- BitTorrent(※)
- Kontiki Delivery Management System(Kontiki DMS)
著作権保護という観点では問題を露呈したP2Pファイル共有ソフトだが、その流通力やスケーラビリティの面では技術的にも十分な実績がある。その流通力に目をつけたのが、米Kontiki社の「Kontiki DMS」とBram Cohen氏作成の「BitTorrent」だ。
Kontiki DMSは商用アプリケーションで、企業導入の動画配信システム(教育用ビデオなど)としても提供されている。一方BitTorrentは、これまで配布者の負担が大きかったWebからのダウンロードやFTPに対するソリューションとして開発されている。現在GNU/Linuxディストリビューションの配布に使われており、そのシステムの安定性と実用性の高さで定評がある。
*Kontiki DMSとBitTorrentの共通点
-分割されたファイルの断片を複数のノードから取得する
巨大なファイルは分割されて、それらの断片を持つ複数ノードがダイナミックにクラスタ化してファイルを提供する。<図> Kontiki DMS のクライアント「Secure Delivery Plug-In」でファイルをダウンロードしている画面。合計12個のノードからデータを取得していることが分かる。ノードの数は常に変化する
- Webからのダウンロードを拡張
クライアントをインストールしておけば、基本的にはWebサイトでファイルをダウンロードするのと同じ操作で使用できる。Webサイトのリンクをクリックするだけで、あとは自動的にP2Pによるダウンロードが始まる。Webサイトからのダウンロード部分をP2P化したものであるため、ファイル検索の機能は持たない。一方、P2Pによる高速ダウンロードの恩恵を受けた自分自身も、P2Pネットワークの一員として、持っているファイルを二次的に配信することになる。P2PのメリットをWebのシステムに取り込んだ好例と言える。
*Kontiki DMSとBitTorrentの相違点
- 暗号化・プライバシー
前章で解説したとおりKontiki DMSは暗号化と署名技術によってプライバシーを守る仕組みを持つのに対し、BitTorrentには通常のWebにおけるダウンロード以上の匿名性や暗号化などは実装されていない。
- 著作権
Kontiki DMSはMicrosoft DRMなど他社製DRMとも連携が可能で、著作権保護の仕組みを提供している。
- 誰でも配布を行えるBitTorrentの懸念
BitTorrent でファイルを配布するには、自分でWebサイト(Trackerという)を立てる必要があるため、一般の人が違法ファイルを配布する敷居は比較的高い。しかし不可能ではないため(※)、やはり映画などの違法コピーの流通にも使われてしまっており訴訟沙汰になっている。P2Pの利点を生かしたアプリケーションであるだけに、非常に残念だ。

[データ取得の非同期性]
- Kontiki DMS
- Ariel ProjectA
クライアントサーバーのシステムでは、データを必要とする時点でサーバーから取得する必要がある。それに対しピアにデータを保持することができるP2Pアプリケーションでは、データの取得と実際にそのデータを使用するタイミングをずらすことができる。たとえばKontiki DMSのコンセプトの一つに「Time Shifting」がある。これは文字通りデータの利用(視聴など)とデータの取得の時間をずらすことで、あらかじめ予想されるピークを分散する、という考え方だ。この技術は純粋にP2Pテクノロジーとは言えないが、ローカルで常駐するモジュールを持つP2Pシステムの副産物と言える。
またP2P コミュニケーションツールのAriel ProjectAは、ユーザーが必要と思われるデータをあらかじめバックグラウンドで取得している。これにより必要になったときにすぐに見られる即時性を実現すると同時に、閲覧時にサーバーが落ちていた場合や自分がオフライン時でもデータの閲覧を可能にしている。

[スケーラビリティ]
- Skype
アクセス集中を起こさないために、中心を持たないP2Pの特徴を活用しているアプリケーションは多いが、そのメリットを最大限に活用している代表格と言えば P2P IP電話「Skype」であろう。無限のスケーラビリティと考えるとピュアP2Pを連想するが、Skypeでは参加ノード数の増減に応じて検索サーバー数を調整する仕組みを採用している点がおもしろい(序章参照)。Skype Technologies社は2004年10月末の時点で同時ログインユーザー数が100万人を突破したと発表した。これだけの規模のサービスが設備投資の必要もなく破綻しないのはP2Pのスケーラビリティの証明ではあるが、改めて驚異的と言える。

[多ノード協調ネットワーク]
P2Pには、ノード自身が計算能力を持ちそれらがお互いに通信を行う「ノード協調ネットワーク」という側面もある。
IPv6 の膨大なIPアドレス数のおかげで、PCだけではなく、ICチップなどにIPアドレスが割り振られることが可能となった。将来的にはそれぞれのチップが P2Pの構成員(ピアまたはノード)としての機能を持ち、無線技術との組み合わせによって、センサーネットワーク(※)にも貢献するだろう。具体的には、膨大な数のセンサーが観測した各データは、そのノード上で有意な情報だけにフィルタリング、あるいは初期計算が行われたうえで、近隣ノードと連携して合計値を中央サーバーに返す、などである。災害予測や防犯などに期待が持たれている。

[超冗長性]
システムの安定稼働という目的のほかに、緊急災害時の情報インフラとしても期待されているのがP2Pだ。集中型のシステムでは、震災などで根元が破壊されると一切の情報が遮断される。データをローカルに持つP2Pであれば、すべてのノードがバックアップとしても機能するため、局所的にであってもネットワークが生きていれば情報共有は可能になる。端末さえあれば情報共有ができるという点で、携帯電話とトランシーバーの関係にも似ている。

[アプリ限定型VPN]
- Groove Virtual Office
- Ariel ProjectA
ここで取り上げるのはファイアウォール越えなどP2Pのメリットを活かした企業間情報共有を実現したP2Pコラボレーションツールである。対抗馬として VPNが取り上げられることがあるが、これらのツールは、アプリケーション内でしか情報共有を行わないという点で異なる。VPNを使って仮想的にLANのようになると、今まで無防備だったフォルダ単位のアクセス権にも気を配る必要が出てくる。共有したくないデータまで意図せず相手に見えてしまうことがあるからだ。コラボレーションツールはアプリケーションに登録されたデータのみ、許可したユーザーとの間で共有される。これらのアプリケーションの延長線上には、アプリ限定型のVPNとして発展する道も考えられる。

[P2Pがもたらす変化]
* 個人のPCからの情報発信が増加する
P2P テクノロジーが様々な箇所で提供されていくと、個人のPCも情報発信源としての役割が重くなっていく。そのため、これまで以上にPC上のデータ保護、特に個人情報などの取り扱いに留意する必要が出てくるだろう。P2Pアプリケーションは十分に注意して実装されるべきだ。
* インターネットの構造改革
現在のインターネットは、「Webサイト閲覧」に最適化されている。つまりデータセンターが集中している箇所中心、そしてそこからの下りが重視された構造だ。今後P2Pの普及に伴い(ファイル交換以外でも)個人のPCから上りのパケットが増えることは確実に予想されるので、インターネットの構造もそれに応えて、いくらかフラットなものへの変化が要求されるだろう。

[最後に]
他の技術がそうであるようにP2Pも魔法の技術ではない。オーバレイネットワーク、負荷分散、流通インフラなど、突出したメリットがある一方で、コンテンツの著作権保護や課金、ユーザーの管理、トラッキングは不得手の部類に入る。筆者の主張は「P2PでなくてもできることはP2Pでやらない」ということである。研究としてなら良いが、即戦力としてP2Pを見るならこのスタンスを意識すべきだ。P2Pが苦手とする課金や著作権管理はP2Pとは直交した形で、むしろ「いかに疎結合にするか」という視点でいる方がよい。クライアント・サーバーが得意とする一元集中管理や確実性などと組み合わせてエンドユーザーの利益を最優先すべきだ。「今までのクライアント・サーバーでは限界と思われてきたことに対して、何らかの解をもたらすかも知れない」というくらいのクールな気持ちでP2P技術を捉えることをお勧めする。
本章で取り上げたアプリケーションはいずれもP2Pの有効性をうまく利用しており、今後のP2P活用の方向性を示すものだ。この機会に既存のシステムを眺めてみて、P2Pを適用して嬉しい箇所はないかチェックしてみるのも面白いだろう。本章で取り上げたアプリケーションは次世代P2Pを示唆するアプリケーションであることは間違いないが、そのうちのほんの一部であり、また選出は筆者による偏りがあることも付け加えておく。


--- 脚注
(※) http://bittorrent.com/
(※) 個人がサーバーをたてることはもちろん可能であるし、かつて違法コピーの温床だったAnonymous FTPのような、誰でも登録できるTrackerが現れ、違法コピー配布の敷居が低くなることが予想される。
(※) 通信機能を持つセンサーを多数設置して広域な管理や観測を行うシステムのこと。


Copyright(C) 2001 - 2006 Ariel Networks, Inc. All rights reserved.